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長崎地方裁判所 昭和63年(行ウ)1号 判決

原告

林田ヤス

林田俊作

右原告ら訴訟代理人弁護士

金子寛道

水上正博

原章夫

被告

長崎市

右代表者市長

本島等

右指定代理人

熊谷克巳

外九名

主文

一  原告らの長崎都市計画(長崎国際文化都市建設計画)事業東長崎矢上地区土地区画整理事業区域内の全ての路線価図の閲覧を求める訴えを却下する。

二  原告らの右路線価図の閲覧請求拒否処分取消しの請求及び各仮換地指定処分取消しの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一被告が昭和六一年三月四日原告両名に対してなした長崎都市計画(長崎国際文化都市建設計画)事業東長崎矢上地区土地区画整理事業区域内の全ての路線価図の閲覧請求を拒否した処分はこれを取り消す。

二被告は、原告両名に対し、右事業区域内の全ての路線価図を閲覧させなければならない。

三被告が原告両名に対してなした別紙目録記載の各仮換地指定処分はいずれもこれを取り消す。

第二事案の概要

一争いのない事実及び証拠上明白な事実

1  本件事業

本件事業(長崎都市計画(長崎国際文化都市建設計画)事業東長崎矢上地区土地区画整理事業)は、土地区画整理法(以下「法」という。)三条三項の規定に基づき、施行者長崎市(代表者長崎市長)が、無秩序な宅地開発が行われつつあった東長崎矢上地区の矢上町、田中町、東町、かき道一丁目、かき道二丁目及び平間町の各一部合計約105.3ヘクタール(所有権者及び借地権者合計一〇六二名)の都市計画区域内の土地について、長崎県施行による八郎川水系河川改修事業と併せて、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図り、もって健全なる市街地を形成するため、法の定めるところに従って行う土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業であり、昭和五三年度から昭和六六年度までの予定で施行しているものである(〈書証番号略〉、寺田証人)。

2  本件仮換地指定処分

被告は、昭和六一年二月二八日、原告両名が右本件事業区域内に所有する別紙目録一、二の従前地欄記載の各土地及び訴外林田茂隆名義の別紙目録三の従前地欄記載の土地について、右目録一ないし三記載のとおり、仮換地指定処分を行った(以下「本件仮換地指定処分」という。)。

なお、訴外林田茂隆は、これより先昭和六〇年三月三〇日に死亡していたが、原告林田俊作が別紙目録三の従前地欄記載の土地を相続し、右仮換地指定通知も異議なく受領しているから、訴外林田茂隆名義の右土地についての仮換地指定処分の効力は、原告林田俊作に対して生じたことになる。

3  簿書の閲覧請求

原告両名は、長崎都市計画部東長崎土地区画整理事務所において、本件仮換地指定処分の以前から、本件事業区域内の全ての路線価図、従前地と仮換地の面積、減歩率を記載した文書など簿書の閲覧を再三請求してきたが、被告は、右簿書のうち路線価図の閲覧を拒否してきた。そして、原告両名は、本件仮換地指定処分を受けた後である昭和六一年三月四日、改めて右路線価図の閲覧を請求したが、被告はこれを拒否した(以下「本件閲覧拒否処分」という。)。

そこで、原告両名は、昭和六一年四月二八日、長崎県知事に対し、本件事業区域内の全ての路線価図、従前地と仮換地の面積、減歩率を記載した文書など仮換地の減歩が公平になされているか否かを判断するために必要な関係簿書の閲覧を求めるとともに、本件仮換地指定処分の取消しを求める審査請求をなしたが、長崎県知事は、昭和六三年二月二二日、原告両名の請求を棄却する裁決をなした。

二争点

1  路線価図の閲覧を求める訴えの適法性

2  本件閲覧拒否処分の適法性

3  本件仮換地指定処分の適法性

三被告の主張

1  本案前の答弁

原告らは、請求の趣旨第1項において、被告が路線価図の閲覧請求を拒否した処分の取消を求める法定抗告訴訟を提起しており、被告は、取消判決があればその拘束力によって判決の趣旨に従って改めて申請に対する処分をする義務がある。したがって、これとは別に義務付け訴訟による救済の必要があるとは認められない。

よって、請求の趣旨第二項の訴えは不適法である。

2  本件閲覧拒否処分の適法性

(一) 法八四条二項により閲覧請求の対象となるのは、同条一項に規定する簿書(以下「備付簿書」という。)に限られる。

本件事業(施行者は地方公共団体)における備付簿書は、(1)施行規程、(2)事業計画に関する図書、(3)換地計画に関する図書、(4)その他政令で定める簿書(①土地区画整理事業に関し、当該施行者が受けた行政庁の認可その他の処分を証する書類、②確定選挙人名簿及び土地区画整理審議会(以下「審議会」という。)の意見を記載した書類、③施行地区内の宅地について権利を有する者の指名及びその権利の内容を記載した簿書)である。

(二) 仮換地の指定には、「土地の区画形質の変更若しくは公共施設の新設若しくは変更に係る工事のため必要がある場合」に行われるものと、「換地計画に基づき換地処分を行うため必要がある場合」に行われるものとの二種類があり、前者においては仮換地の指定の際に換地計画が定められている必要はないから、それが換地予定地的仮換地の指定であっても、換地計画に基づくことを要しない。

本件仮換地指定は、「土地の区画形質の変更若しくは公共施設の新設若しくは変更に係る工事のため必要がある」として行われたもので、しかも、本件事業は、仮換地を指定しつつあるものの、いまだ換地計画が定められていない段階にあるので、換地計画に関する図書は存在しない。

(三) さらに、原告らが閲覧を求めている路線価図(以下「本件路線価図」という。)は、被告が審議会に諮問する仮換地指定案を作成するために調整した内部資料にすぎないもので、換地計画を定めるために作成した書類ではないから、法八四条一項にいう換地計画に関する図書に該当しない。

(四) よって、被告の閲覧拒否処分は適法である。

3  本件仮換地指定処分の適法性

(一) 照応の原則について

法八九条一項にいう換地及び従前の土地との照応とは、同条項に定める(仮)換地及び従前の土地の位置、地積、土質、水利、利用状況及び環境等の諸事情を総合勘案して、指定された(仮)換地がその従前の土地と大体同一の条件にあるという状態をいうものと解すべきである。

(1) これを本件仮換地指定処分でみると、以下の各要素について照応は確保されている。

イ 本件仮換地は、従前の土地の上に仮換地が指定されているかあるいは従前の土地に最も近い位置に指定されており、いずれも現地換地であって、位置の照応は確保されている。

ロ 従前の土地の地積すなわち基準地積に対する仮換地地積すなわち割込地積の減少割合である実減歩率は、それぞれ原告林田俊作の仮換地については6.7パーセント、原告林田ヤスの仮換地については28.8パーセント、訴外茂隆の仮換地については23.4パーセントであるが、本件事業により、本件仮換地付近は、都市計画道路、区画道路及び公園等の公共施設が整備され、付近の宅地の利用価値は著しく増進するのであるから、原告らが右の程度の減歩を受けるとしても地積の照応に欠けるところはない。

ハ 本件仮換地は、現地換地であり、従前の宅地も仮換地も土質において何ら変わるところはなく、照応している。

ニ 上水については、本件事業施行前は旧長崎街道の本管から赤道の中に個人で引込管を敷設していたが、本件事業による都市計画道路中尾線の整備に伴い、当該道路敷内に長崎市水道局の本管が敷設され給水能力が大幅に改善された。また、従前の土地に接して流れていた門口川を上流約二五〇メートルの地点で二級河川中尾川に流入するように切り替えたので、原告らの土地に接していた門口川の下流部分は廃止されて、治水の面でも改善されている。

ホ 原告らの従前の土地の利用状況は、門口川を隔てて橋を架けなければ利用できなかったうえに、その橋が架かっていた道路も幅員が狭く、車両の通行にも支障をきたすものであり、訴外茂隆の従前の土地も狭い道路に面して利用されていた。しかし、本件事業により、都市計画道路中尾線が整備されたことにより、門口川が廃止され、本件仮換地が右中尾線に直接面することになった。なお、都市計画法で定める用途地域は従前通り住居地域であるが、建物を建築する際、前面道路の幅員が広くなったことに伴い斜線制限が大幅に緩和されて、土地の有効利用が可能となっている。これらによって、原告らの土地は、本件事業前と比べて土地利用が多様化し、土地の利用状況が著しく良好な状態となったのであり、この点でも照応に欠けるところはない。

ヘ 原告らの従前の土地が面していた本件事業施行前の道路は狭く、緊急車両の通行もできなかったが、都市計画道路中尾線の整備により、緊急車両が通行できるようになり、防災等の面でも改善された。さらに、本件事業施行前は、地形の起伏、道路網の不備等のため、公共下水道の整備もできないなどの問題を抱えていたが、本件事業の施行により、幹線道路、区画道路等の道路網の整備並びに公園、水路及び公共下水道等の整備も図られ、利便性、快適性も増進しており、環境等においても照応している。

(二) 本件事業にかかる仮換地指定に当たっては、公平、公正すなわち照応の原則(法八九条)の実現を担保するため、手続的にも、以下の措置を講じている。

(1) 土地の評価について経験、知識を有する者を評価員として七名選任し、施行前の土地及び施行予定後の土地の評価について意見を聴き、昭和五六年一二月一八日、適正であるとの承認を得た。

施行地区全体にわたっての仮換地指定案が現段階ですべて作成済みであるわけではないが、施行地区内の土地の所有権者及び借地権者から選出された委員一三名と施行者が選任した学識経験者委員二名の計一五名とからなる審議会に、現段階で作成済みのすべての仮換地指定案を諮問したところ、答申を得られたものはすべて異議なしとの内容であった。

さらに、仮換地の指定に当たっては、施行地区内の土地の所有者及び借地権者等の個々の意見も徴したうえで処理することが円滑な事業の運営に資すると思料されたので、昭和五七年五月三一日から同年六月一三日までの二週間、仮換地割込案を利害関係者の閲覧に供した。

(2) 本件仮換地の指定は、本件事業及び河川改修事業の進捗に伴い、都市計画道路中尾線の整備を早急に進める必要があり、法九八条一項前段の「土地の区画形質の変更若しくは公共施設の新設若しくは変更に係る工事のため必要がある場合」であったので、当該路線に面する原告ら及び訴外亡林田茂隆に対して、昭和六一年二月二七日付けで仮換地指定を通知したものである。この指定に際しても、評価員の意見を聞き、その承認を得て仮換地割込案を作成し、任意縦覧に供したうえ、昭和五八年八月三〇日開催の第二七回審議会に仮換地指定案を諮問し、「異議なし」との答申を得ている。

(三) よって、被告が行った本件仮換地指定処分は適法である。

四原告らの反論

1  本件閲覧拒否処分の違法

(一) 土地区画整理事業の施行手続に関する実際の運用は、法の予定するところと大きく相違しており、右実際の運用に対応した法解釈がとられなければならない。法八四条にいう「換地計画」とは、法八六条以降にいう換地計画に限られず、換地予定地的仮換地をなすに先立ち作成される実質的換地計画をも含む趣旨と解すべきである。

すなわち、法は法文の配列、法九八条一項の文言(「換地計画に基づき換地処分を行うため必要がある場合においては・・・仮換地を指定することができる。」)から明らかなように、換地計画が仮換地指定に先行することを予定しており、その趣旨は、長期的かつ準確定的な換地予定地的仮換地指定については、利害関係者に換地計画決定への関与の機会を与え、その権利を厚く保護しようとするにある。ところが、実際の運用においては、換地予定地的な仮換地の指定であっても、換地計画が事前に決定・認可されることはほとんどないのが実情である。しかし、換地予定地的な仮換地指定であるからには、仮とはいえ、それが長期的かつ準確定的な処分である以上、実質的な換地計画は当然作成されているはずである。したがって、形式的には、県知事の認可を経た換地計画(法八六条一項)が存在しなくとも、実質的には、換地計画は既に作成されていると考えられるのである。

そして、このような実務の運用を前提とする以上、この実質的な換地計画に関する図書の閲覧は、法八四条二項によって必要とされていると考えられる。すなわち、そもそも右条項の趣旨は、利害関係人に広く土地区画整理事業に関する情報を開示することにより、利害関係人の迅速かつ適切な異議申立ての機会を保障するとともに、処分庁自身の慎重かつ公正な土地区画整理事業の企画、決定、執行を担保するにある。そうすると、換地予定地的な仮換地指定は、長期的、準確定的な処分なのであるから、右趣旨による関係簿書の閲覧が認められなければならない。法は、「換地計画」を決定した後に、「換地計画」に従って仮換地が行われることを予定しており、それ故に、法八四条二項は仮換地に関する図書を閲覧の対象として明示しなかったにすぎない。「換地計画」はいまだ決定されていないという形式的な理由によって、右条項にいう図書がないと主張するのは、結局、右条項の趣旨を潜脱しようとするものである。

本件仮換地も、この換地予定地的な仮換地であるから、県知事の認可を受けた換地計画は存在しなくても、本件仮換地指定処分当時は既に、実質的な換地計画が存在していた。したがって、その実質的な換地計画に関する図書は、法八四条二項の趣旨に基づき、閲覧に供されなければならない。

(二) 前記のとおり、法八四条二項の趣旨は、利害関係人の迅速、適切な異議申立ての機会を保障し、処分庁の慎重、公正な土地区画整理事業の企画等を担保するにある。したがって、右条項の趣旨に基づいて閲覧に供すべき「簿書」の範囲を決するためには、第一義的な基準として、利害関係人の立場からみて、土地区画整理事業が適正、公正になされているかを判断するために必要か否か、という点を考慮すべきであり、処分庁にとっても裁量の余地が広く事業の遂行の公正さに関して疑問が生じるおそれがある事項か否か、という点も併せ考慮すべきである。

路線価図は、土地区画整理の前後における各道路毎の路線価を示す図面であり、一筆毎の土地評価決定の基準となるものであって、この路線価が明らかになってはじめて各筆毎の減歩率を算出することができ、右算出された減歩率を比較することにより区画整理の公正さを検討することができる。そうすると、本件路線価図は利害関係人にとって土地区画整理事業の適正、公正を判断するうえで不可欠の資料であり、また、路線価図は、処分庁にとっても裁量の範囲の広い(仮)換地処分の慎重な遂行を担保するために不可欠の資料というべきである。したがって、本件路線価図は法八四条二項の「簿書」に当たると解すべきである。

なお、本件事業の換地設計基準によれば、換地は従前の宅地一筆に対して一筆の換地を定めることを原則とし、合筆換地は特に必要がある場合に限り認められる旨規定されているが、本件仮換地指定処分においても、一筆毎に評価した場合と合筆して評価した場合とで算定地積に増減が生じているところ、適用される路線価が明らかにされないと、その評価が適正であるか否かの判断も的確にすることができない。

(三) よって、被告は、原告らからなされた本件仮換地指定処分の関係簿書である本件路線価図の閲覧請求を拒否することはできないのであり、原告両名に対する本件閲覧拒否処分は違法である。よって原告らは、その取消しを求めるとともに、本件路線価図の閲覧を求める。

2  本件仮換地指定処分の違法

本件仮換地指定処分は、法八九条のいわゆる照応の原則に違反しており、違法な処分である。

第三争点に対する判断

一本件路線価図の閲覧を求める訴えについて

原告らの本件路線価図の閲覧を求める訴えは、いわゆる無名抗告訴訟である義務付け訴訟に該当するところ、右のような訴訟は、法定抗告訴訟によっては救済されない場合に限って補充的に認められると解するのが相当である。ところが、原告らは本件訴訟で、右義務付け訴訟とは別に、被告が原告らに対してした本件路線価図の閲覧請求の拒否処分の取消しを求める法定抗告訴訟を提起しており、これにおいて取消判決があれば、被告はその拘束力によって判決の趣旨に従って改めて申請に対する処分をする義務が生じるのであるから、原告らはこれによって救済を得られることが明らかである。したがって、右原告らの訴えは不適法である。

二本件閲覧拒否処分の適法性

1 法八四条は、一項において、施行者は主たる事務所に所定の簿書を備え付けておかなければならないと定めるとともに、二項において、利害関係人から前項の簿書の閲覧の請求があった場合においては、正当な事由がないのにこれを拒んではならないと規定し、その備付義務の違反及び閲覧拒否に対しては、過料の規定が設けられている(法一四五条、一四六条)。したがって、法八四条の利害関係人の簿書閲覧の権利は、右のように施行者に対して備え付けが義務付けられた簿書に限って、生ずるということになる。

そして、法令によると、本件のように地方公共団体が施行者である場合における備付簿書は、(1)施行規程、(2)事業計画に関する図書、(3)換地計画に関する図書、(4)その他政令で定める簿書とされ、さらに右(4)は、①土地区画整理事業に関し、当該施行者が受けた行政庁の認可その他の処分を証する書類、②確定選挙人名簿及び審議会の意見を記載した書類、③施行地区内の宅地について権利を有するものの氏名及びその権利の内容を記載した簿書と定められている。

そうすると、本件閲覧拒否処分の当否の判断は、本件において原告らが閲覧を求めた路線価図が、右のように具体的に規定された法律上の備付簿書に当たるか否かの判断にかかることになる。

2  そこで、これを判断する前提として、路線価図の作成の根拠及び作成の経緯並びに本件仮換地処分の事情等についてみると、証人寺田信一郎、同太田雅英の各証言及び以下の書証を総合すると、次のような事実が認められる。

(一) 昭和五五年から昭和五六年にかけて、本件事業の換地設計基準及び土地評価基準が決定され、本件事業においては、土地評価方法として路線価式評価方式が採用された。右評価方法は、各道路ごとに路線図(その道路に面した標準的な画地の価格)を算定し、これを基に右土地評価基準の定める各種の指数に従って適宜増価、減価をして各土地の価格を算出するものである。その際、各土地の評価の便宜上、算出された路線価を図面に表示した路線価図を作成することがあり、本件事業においても、路線価図が作成された。そして、昭和五六年一二月一八日、評価員会で、右路線価図に基づく施行前及び施行予定後の各土地評価(指数)が適正であることが承認された(〈書証番号略〉)。

(二) そこで、右各土地評価(指数)に基づき、一筆ごとの宅地について仮換地の地積を算定した土地各筆割込計算書(その様式は〈書証番号略〉のとおり、)が作成された。

(三) そして、右土地各筆割込計算書に基づき、仮換地割込案(割込地積を図化した仮換地割込図及び従前の宅地と仮換地の地積及び減歩率等を記載した仮換地調書(案)からなっている。)が作成された。その上で、被告は、仮換地指定にあたっては施行地区内の土地の所有者及び借地権者らに事業の内容を周知させ個々の意見も徴した上で処理することが円滑な事業の運営に資するとして、昭和五七年五月三一日から同年六月一三日までの二週間にわたり、この仮換地割込案を地権者ら利害関係人の任意縦覧に供した(〈書証番号略〉)。

(四) 右任意縦覧を経た後、さらに地権者ら利害関係人の要望等を踏まえて、仮換地指定案(仮換地割込案における仮換地割込図と仮換地調書(案)を要望等によって調整した仮換地図及び仮換地調書(案)からなっている。)が作成され、この仮換地指定案が土地区画整理審議会に諮問され、その答申を経て、原告らに対して本件仮換地指定が行われた(〈書証番号略〉)。

(五) 右仮換地の指定は、右本件事業及び昭和五七年と昭和六〇年の水害についての災害復旧助成事業として施行された中尾川の河川改修工事の進捗に伴い、生活用道路の確保が急務となったことから、都市計画道路中尾線の整備を早急に進める目的のもとに行われたものであり、法九八条一項前段の「土地に区画形質の変更若しくは公共施設の新設若しくは変更に係る工事のための必要がある場合」に当たるとしてなされた。したがって、本件仮換地については、同項後段の「換地計画に基づき換地処分を行うため必要がある場合」の仮換地処分と異なり、県知事の認可を受けた換地計画を前提としておらず、現実にも、施行区域約一〇五ヘクタールに及ぶ本件事業(工区の区分はない)において、換地計画は未だ策定されていない。

3  次に、以上の認定事実をもとに、本件路線価図が前記のような法八四条一項の備付簿書に該当するか否かについて検討する。

(一)  原告らは、まず、本件路線価図は法八四条一項の「換地計画に関する図書」に該当すると主張する。しかし、前記認定のとおり、本件事業においてはいまだ換地計画は作成されていないのであるから、本件路線価図は形式的にみても右図書に当たらないことが明らかである。

(二)  次に、原告らは、本件路線価図は実質的にみて「換地計画に関する図書」に当たると主張する。しかし、土地区画整理事業における換地計画の前提となる土地評価方法については、法令上は特段の定めはなく、本件事業でも、前記認定のとおり、被告が定めた内規である本件事業の換地設計基準及び土地評価基準により路線価式評価方法が採用された関係で路線価の算定がなされ、施行前の路線価図及び計画上の路線価図が作成されたにとどまる。また、路線価式評価方法を採用した場合でも、必ず路線価図が作成されるとは限らず、本件事業においても各土地の評価作業の便宜上これが作成されているにすぎない。したがって、土地区画整理事業において路線価図の作成を義務づける法的根拠はない。

ところで、「換地計画」については、法八七条において「換地計画」においては、建設省令で定めるところにより、左の各号に掲げる事項を定めなければならない」として、①換地設計、②各筆換地明細、③各筆各権利別清算金明細、④保留地その他の特別の定めをする土地の明細、⑤その他建設省令で定める事項が掲げられ、さらに、土地区画整理法施行規則一二条ないし一四条において各書面の法定記載事項や様式等が定められている。そうすると、法八四条一項にいう「換地計画に関する図書」として備付が義務付けられている図書とは、これらの図書をいうものと解される。そして、前記のように各筆換地明細等を作成する便宜上作成された本件路線価図のようなものはこれに含まれていないから、路線価図は、実質的にみても、その文書の性格上法八四条一項にいう「換地計画に関する図書」に該当しないというほかはない。ちなみに、簿書の備付け及びその閲覧の拒否については、前述のように制裁規定まで設けられているから、右簿書の範囲は明確であることを要し、妄りに類推し、拡張解釈するべきものでないことはいうまでもない。

(三)  さらに、本件路線価図が、法八四条一項所定のその他の簿書に該当するものとみるべき根拠も見いだし難い。

ちなみに、原告らは、路線価が明らかになってはじめて各筆毎の減歩率を算出することができ、右算出された減歩率を比較することにより区画整理の公正さを検討することができるのであるから、本件路線価図は土地区画整理事業の適正、公正を判断するうえで不可欠の資料であると主張する。しかし、本件事業において被告は、前記認定のとおり、仮換地割込案(仮換地割込図及び仮換地調書(案))を利害関係者の縦覧に供し、さらにその後も利害関係人の請求があればこれを閲覧に供しており、現に、原告林田俊作も、本件提訴後の平成元年八月二九日から平成二年一一月二七まで合計四回にわたり、仮換地割込図や仮換地調書(案)を閲覧している。そして、右仮換地割込図には仮換地や従前地の位置、地形や割込地積、算定減歩率が、仮換地調書(案)には従前地の地番、地目、地積、基準地積、仮換地の番号、算定地積、割込地積、算定減歩率等が記載されているから(〈書証番号略〉)、利害関係人とすれば、これらによって減歩率はもとより自己に対する仮換地処分の内容と他者に対する仮換地処分の内容をある程度比較、検討し、確認することが可能であるから、原告らの前記主張は必ずしも理由がない。さらに、被告がその主張の3(二)項で主張するように、評価員の意見聴取、審議会への諮問と答申、法定の様式による仮換地調書(案)等の作成とその任意縦覧など、仮換地指定の公平、公正を担保する仕組みが手続的にも整えられていることが明らかである(前記各証言)。したがって、被告が路線価図を任意に縦覧に供するならばともかく、それ以上に、前記のように作業上の便宜のために作成された路線価図の閲覧を強制し得る法的根拠は見出し難いというべきである。

4  以上の次第で、被告が原告らに対してなした本件路線価図の閲覧拒否の処分に違法はない。

三本件仮換地指定処分の適法性

1  法九八条二項は、「施行者は、法九八条一項の規定により、仮換地を指定する場合においては、換地計画において定められた事項又はこの法律の定める換地計画の決定の基準を考慮してしなければならない。」旨規定し、法八九条一項は、「換地計画において換地を定める場合においては、換地及び従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定めなければならない。」と規定する。

右条項により仮換地の際の基準とされる従前の土地との照応とは、仮換地及び従前の土地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等の諸事情を総合的に考慮して、仮換地が従前の土地と大体同一の条件にあり、多数の権利者間においても均衡がとれ、おおむね公平である、という状態を指すものと解するのが相当である。

2  これを本件仮換地指定処分についてみるに、右の趣旨における照応関係については原告らも特に具体的にこれを争うものとは解されないが、本件仮換地は現地換地であって、位置、土質については従前地とほぼ同一であり、地積、水利、利用状況、環境等についてはおおむね被告主張に沿った事実が認められ(〈書証番号略〉参照)、本件各仮換地は従前地に照応するものというべきである。他にこの判断を左右するに足る事情は認められない。

そして、本件仮換地指定処分の手続も、関係法令に照らし適正に行われていることが認められ、その他、本件仮換地指定処分を違法とすべき事情は認められないから、本件仮換地指定処分は適法というべきである。

四結論

よって、原告らの本件路線価図の閲覧を求める訴えは不適法で却下を免れず、また本件閲覧拒否処分及び本件仮換地指定処分の各取消しを求める請求はいずれも理由がないことに帰する。

(裁判長裁判官小田耕治 裁判官井上秀雄 裁判官森浩史)

別紙目録〈省略〉

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